ドリームライター愛(FIN)


「こうやってよ!」
 愛は、右手で天を指した。
「神様の名の下に、偽りの霧よ、消え失せよ!」
 どこかから、グリーの「ちっ」と舌打ちする音が聞こえた。
そして…
「うわっ!」
 盗賊の一人が声を上げた。海面に近いほうから、霧がすうっと
晴れ上がり始めたのだ。
 それを見て、頭目をはじめとする盗賊たちの顔色が変わった。
「な、なんだ!お前、何をしやがった!」
「種も仕掛けもないわ。本来この霧は、あってはならないもの
だった、それだけよ!」
 愛は厳しい表情で頭目を見つめた。
「そして、この霧で隠されていたものが、姿を現すのよ…ほら!」
 愛の右手が、さっと横に払われる。その指差す方向に盗賊たちの
視線が集まった。
「あ…」「くそ…」
 一人、二人と、腰を抜かすようにへたり込んだ。

 霧が晴れた海に現れたもの。
 それは、三本マストの巨大な軍船だった。
「そう、ベニスの誇る大型軍船「サンマルコ号」よ。貴方達が
急いで出向しようとしていたのは、あの船に追跡されるのを避ける
為だったんでしょ?」
「…」
 頭目の沈黙は、認めたのと同じだった。
 向こうの船上でも、この船に気づいたようで、見張りの叫び声に
促され、人の動きが激しくなった。夜中に出航したらしい、灯りも
ともしていない船が現れれば、不審に感じるのも当然だ。  たちまち錨が上げられ、帆が張られ始めた。

 ベニスに戻ろうとしていたサンマルコ号。それを避ける為に急ぎ
出港したこの船。本来なら、夜中に遭遇していたはずが、グリーの
霧のため気付かれずに脇をすり抜けられる所だった。
 しかし、愛が霧の正体に気付いたため、霧で座礁を避ける為に
停泊していたサンマルコ号と今、遭遇することとなったのだ。
 動き始めたサンマルコ号が、舳先をこの船に向ける。その
マストに、スルスルと旗が上がった。
 それを見た頭目は、
「ここまでだな。おいお前ら、ここは腹を括るしかねえようだ。
帆を畳んで錨を落とせ」
 と命じた。
 どうやらあの旗は、停船せよという信号だったらしい。
 男達は、疲れたように足を引きずりながら、その命令に従い
始めた。

 その時、何処かから、カランカラン、とベルの音が響いてきた。
もちろん、愛にしか聞こえない音だ。
(愛!)
(やったね!)
 愛は、足元に駆け寄ってきたティリオに、背中に回した手で
小さくVサインを出した。
 そして、東に広がる陸地の向こうから、日の光が差してきた。
それを浴びた愛の体から、星のような光の泡が立ち上り始める。
 それを目にした男たちは、文字通り腰を抜かすほど驚いた。
頭目がおずおずと、
「あ、あんたは…いえ、あなた様は…」
(ここは、きれいに決めないとね)
 愛は、微笑を浮かべながら、一同を見回した。
「大変だと思いますが、罪を償って、人生をやり直して下さい。
見守っていますから」
「…はい」
 頭目の手が、祈るように合わせられ、その目に涙が光っていた。
 その姿も、船も海も空も、全てが光に包まれ、見えなくなった。
(ま、今回はお前さんの勝ちだな)
 グリーの声が、遠くから聞こえたような気がした。

 時間の感覚がなくなって、無限のようにも思える時を、光の中で
漂う愛。自分の中と外を満たしていた光が、すっと収まった。
 目を開くと、そこは見慣れていた、でも懐かしい、自分の部屋、
机の前に立っていた。
「助かった…」
 愛は、机に突っ伏した。その頭の横に、ティリオが降りたって
不平をこぼす。
「まったく、愛の物語はスリルがありすぎてドキドキするよ!
「ごめーん。でも、何とかクリア出来て良かったあ…」
 すると、どこからかベルとオルゴールの音が、部屋の中に鳴り
響いた。
「あ!」
 愛が立ち上がると、その目の前に光り輝くものが現れた。ブルー
ダイヤのように青く輝く宝石が、可愛い音色を奏でながら現れて、
愛が差し出した両の手のひらに舞い降りた。
「やったね愛!新たなドリームジュエルの誕生だ!」
 ティリオが小さな手をせわしなく叩く。
「ありがとう、ティリオ!」
 愛はにっこりとうなずき返し、宝石をドリームジュエルボックスの
空いていた場所にはめ込んだ。
 ティリオは息をついて、
「やれやれ、今回は危なかったな…。グリーの奴、まだまだ愛に
付きまとうつもりだぜ、きっと。まったくしつこい奴だ」

「まあそう邪険にするなよ!」
「「わっ!」」
 一人と一匹は跳ね起きた。声の方を見ると、グリーが入り口近くの
カーペットの上で、可愛くトグロを巻いていた。
「グリー!お前、何でここに!」
「お前がこの世界にいるのと一緒さ」
 羽根の生えた黒蛇は落ち着き払っていた。
「お前が見える人間には俺も見られる。お前が居られれば俺も
居られるのさ。まあ、この娘、簡単にはやっつけられないと分かった
からな。腰をすえてじっくりとやるさ」

 愛は、しばらく考えて訊ねた。
「それって、褒めてくれてる?」
「俺は、手ごわい敵には素直に敬意を表するタイプでな。その分
こっちも本気になるから、覚悟しておくんだな」
 グリーの瞳が、不気味に黒光りした。…だが、
「ありがとう」
「「へ?」」
 愛の笑顔に、ティリオも、そしてグリーまでも、やや間の抜けた
声を上げた。そして問い返す。
「何で礼なんぞ言うんだ」
「私、お話を考えるのが昔から好きだった。ティリオと出会って、
選ばれた事が嬉しかった。でもグリーにいろいろけなされて、悪い
所や足りない所がわかった。  悪人には悪人になった理由があるし、脇役にも脇役の人生があるし。
そんな事が色々と分かって、もっとお話を書きたくなった。だから、
ありがとう!」
 グリーはしばらく黙った後、ティリオに向かって
「お前の相棒は、ちょっと変わってるな」
「まあね」
「ちょっと、失礼ね」
 ふくれる愛に、
「まあ、これも誉め言葉として取っておいてくれ。じゃあ、次も
せいぜい面白い話を書いてくれよな」
 グリーはそう言い残すと、影のように揺らめいて消えてしまった。
「「ふう…」」
 同時に安堵のため息をつき、愛とティリオは顔を見合わせて笑った。
「さて、そろそろ俺も帰るか」
「そうだね。ティリオ、お疲れ様!」
「今日は、大変だったけど、面白かったよ。じゃあ、またな」
「うん!」
 愛が手を振ると、ティリオはポンという音と共に消えた。
「次も、よろしくね」
 愛は、ティリオがいた机の上に、ささやきかけた。

 時は禁酒法時代。所はシカゴのとある廃屋の地下室。
 半ズボンにベストとチョッキ、ベレー帽という姿の愛は、椅子に
鎖で縛り付けられていた。
 探偵助手の愛は、マフィアに捕らえられ、ここに閉じ込められて
しまったのだった。隠し持っていたピンを使って、早く錠前を
外さないと、時限爆弾で木っ端微塵になってしまう。
 その横にはティリオがいて、心配そうな表情で彼女の手元と
顔を見比べていた。
「愛、大丈夫か?…っていうかさ、失敗しても縛られたりしない
お話にすればいいんじゃないか?」
 ティリオのもっともな問いに、
「だって…この方が面白いじゃない?ドキドキするし!」
 愛はペロッと舌を出した。


 
 

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