潜入(後)


 崩れ落ちてくる原住種族の男を、彼女は全身に力を込めて受け
止めた。特に顔面が傷つかないよう、頭と肩と肘を使って止める。
 無理な姿勢に手首の縄が食い込み、一方で秘部に打ち込まれた
男の屹立が白濁を吐き出しながら腰と共にぐいっと捻られ、彼女は
「うっ!」
とうめき声を漏らした。
 どうにか落下の勢いを止めると、彼女は鼻から大きく息を抜き、
膝を使ってその巨体を横に押しのけた。結合が引き抜かれるとき、
眉をしかめたが、自分の股間から現れた男の肉棒に目をやり、その
カリに銀色のリングが嵌っているのを確認し、今度は安堵の息を
猿轡の下から漏らす。

 体を引き寄せて上体を起こし、手首をしばらく捻ると、縄から
引き抜いた。猿轡を外し、口から布を引き出す。股間から白濁が
零れ落ちるのも気に留めず、床に投げ捨てられた腕時計に飛び
つき、男の傍に戻る。
「*$%++」
 日本語でも英語でもなく、地球のあらゆる言語にも存在しない
言語で短いコードを詠唱すると、リングの径が広がり、男の
肉棒から抜け落ちる。それをすかさず拾い上げて腕時計の
表示部に触れる。するとリングから発した緑色の光が、時計
側に移行した。
「指名手配犯グリューゼルφ#676」
 彼女は抑えた、しかし強い声で腕時計に語りかける。
「ジョセイン星間条約における人格保護規約違反容疑並びに、
未加盟種族に対する干渉の現行犯で逮捕します。当該星域を離脱
後、法定代弁システムへのアクセスを許可します。執行者、星間
司法執行官、メグルーセン。以上」
 その宣告に反論するように、光が脈動するのを打ち切るように、
ノブを押して光を内部に吸い込む。

 メグルーセンは、この銀河群に広がる星間文明の司法執行官
である。逃亡していた精神寄生種族の犯罪者が、星間文明未
加盟の惑星に逃亡、追跡潜入捜査官としてこの星にやってきた。
 彼女が選ばれたのは、逃亡先の現住種族と最も似ている
コルナック人ただ一人の司法執行官で、潜入捜査が可能な
ためであった。
 ただし、コルナック人は地球人の子供程度で成長が止まる。
原始的な祖先から見れば、幼形成熟(ネオテニー)な種族である。
そのため、潜入先では子供を装って学校に通う事となった。
 やがて、容疑者に憑りつかれた原住種族を発見したが、見咎め
られずに容疑者をその体から追い出し、逮捕する機会が得る事が
難しかった。
 これ以上の犠牲者を出さない為、彼女は自らを囮にする事に
した。彼女の存在を確認した容疑者をあからさまに追い
詰め、逆襲を誘うのだ。

 精神寄生種族が宿主を乗り換えるには、通常、今の宿主を操り、
新しい宿主候補の心理障壁を時間を掛けて緩める。しかし切迫した
状況では、神経の集中した粘膜同士の接触…最も典型的なのは生殖
行為…を行った際に、一気に侵入する事が出来る。
 メグは、容疑者が逆襲し、彼女の体への侵入を図ると踏み、
膣内に簡易5次元キャプチャリングを仕込んだのだ。
 肉体強化され、格闘訓練も受けた彼女にとって、いかに巨体で
あっても、鍛えていない男など、本気で抵抗すれば振りほどくのも
容易だったが、彼女はあえて非力な少女を演じ、男の手に落ちて
見せたのだった。

 自由を取り戻し、リングから腕時計形の多機能端末に容疑者を移し終えたメグは、宇宙船の人工知能に指示を出し、遠隔操作で体表の洗浄を始めさせた。青い色の光が体を包み、体内に注ぎ込まれた男の精も残さず流れ出て滴り落ちる。
 いくら似ていても、コルナック人と地球人は、地球の人類と昆虫よりも遥かに懸け離れた種族だ。いくら犯されても、彼女が妊娠することは絶対にない。とはいえ、精液の匂いを漂わせたまま街中を移動する訳にもいくまい。
 洗浄を終えて一息をついた彼女は、横たわる男に目をやった。
 さて、この男をどうしたものか。

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 男が目を覚ました時、視界は黄金の輝きに包まれていた。
 辺りを見回すと、そこは見知った公園だった。そこに設置された
ベンチに、彼は腰掛けていた。
 日は傾き、住宅街に没しようとしている。
(ええと…どうしたんだっけ?)
 彼は、ぼんやりとした記憶を、懸命に思い出す。

 ああ、そうだ。最後に回る予定だった得意先の担当者が急用で
外出していたんで、ちょっと公園で休ませてもらったんだった。
まあ、上司には内緒なんだが。
 彼は焦って腕時計を見る。辛うじて許される時間だったので
急いで会社に電話し、上司に帰社予定を告げた。
 電話を切り、落し物や忘れ物が無いか確認した後、彼は
帰途に着く。

 歩きながら、さっき居眠りしていた時に見た夢を思い出す。
確か、少女を犯す夢だった。
(ひどい夢だったな)
 男はげんなりした。内容がひどい、ではない。あのような
妄想は、彼にとって日常だった。だがそれを夢に見たのは
初めてだった。
 やたらとリアルな夢だったのは、かつて見たロリータ物の
アニメ…今では非合法扱いだ…の影響だろうか。ひどかったのは、
やはりいかにも夢らしい不条理な筋立てだった。

 少女が売春しているなどという噂を、一体どうやって聞く
ことができたのか。そんな噂が立つほど知られていたら、
とっくに補導されているだろう。それに、いくらイメージ
トレーニングしたからといって、この運動音痴が少女の抵抗を
完全に封じられる訳も無い。
 大体、腕時計に何が仕込まれているというのだ。麻酔銃か。
通信機か。これはやはり、あの漫画のせいだろうか。そんな事を
思い、くすっとしそうになった男だったが、少女の苦しそうに
にらみつける顔が目に浮かんで笑みを打ち消した。
(やっぱり嫌だな、ああいうのは)

 あれを見たら、実際に少女を犯すなんてとんでもないと、
改めて思う。現実の少女は、眺めて妄想するものであって、手を
触れてはならない。
 とはいえ、あの夢を思い起こすと股間が疼きだしたのも
事実で、すれ違う人から怪しまれないよう、ポケットに手を
入れて整えつつ、頭から少女の姿を追い出す。  これから当分は、この夢を思い出して自慰できそうだ。

**********************

 メグは、男が立ち去るのを見送った。直接見える場所では
なく、街路一つを隔てて、飛行端末で撮影した映像を網膜に
投影している。
 男が視界から消えると、彼女はふと息をついた。

 男の記憶を宇宙船の人工知能で検索させた結果、目立った
犯罪歴は無かった。
 彼はコルナック星であっても実行すれば即逮捕されるような
少女愛好家だが、それを実行に移したことはおろか、決行を
企画したことも無かった。
 もし彼に今回のような所業を実行した記憶があれば、何らかの
形でペナルティを与えようと思っていた。本来の星間司法官
としての義務違反になるが、微細な記憶操作で彼が現地警察に
逮捕されるような錯乱を起こさせることは可能だし、新たな
被害者が出るのを防ぐためなら、その違反行為もあえて行う
つもりだった。
 しかしそれは杞憂だった。意外な事に、あの男は実際にその
ような行為を行うことに関しては、嫌悪感を覚えるような
モラルの持ち主だった。

 今後の取り調べ次第だが、精神寄生体はそんな彼の意識を
突いて、その行動を操ったのだろう。記憶が操作され、メグが
少女売春していると思い込まされていたのだ。そしてその
怒りが、彼をして通常では決してとらない行動に駆り立て、
さらに寄生体に付け込みやすい精神状態に陥らせていった
のだった。
 それなら、通常の手続きを行えば良いだけだ。記憶の部分
消去を行うことで、彼はこれを夢だと思い込み、心に傷を負う
こともなく元の生活に戻れる。目撃者は無いし、今後の被害者が
出ることも無い。
 その処理を実行し、意識を消した状態で、近くのベンチに
座らせた。そして彼が目覚めたのを確認し、見送ったの
だった。

 彼女は息をついて、歩き始めた。
 任務を達成し、明日には突然の転校となる。転居先などの記録は
改ざんされ、彼女の行方は誰にも分からなくなる。異星の子供
としての彼女の通学は、今日が最後となる。
 子供たちに囲まれた学校生活は、違和感ばかりだったが、良く
してくれるクラスメートもいた。その子たちとも、もう会うことは
ない。それが彼女の任務だから。

(だからって、こんな任務はそうそうは御免だけどね)
 メグは肩をすくめた。
 彼女の星ではすでに絶滅した大型類人猿。それに良く似ている
地球人の成人に乱暴されるという体験は、そうそう忘れられる
ものではない。星に戻ったら、恋人と愛を確かめ合ってこの心の
ざわめきを押し流してしまおうと思ってはいるが…。
(彼とのセックスが物足りなくなったら、どうしてくるのよ)
 そんな事を思い、彼女は女の顔でくすっと笑った。


 
 

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