新星女学園・探偵倶楽部(2)

 深い水の底から浮かび上がるように、意識が昏睡から
覚醒した。
 意識を取り戻した由巳子は、自分が暗い部屋の中、硬
く冷たい床の上に横たわっていることに気付いた。床だ
けではなく、部屋の空気もどこかひんやりとして涼しい。
 不自由な姿勢と息苦しさに、体を動かしてみると、自
分が縄で後ろ手に縛られ、両足も縛られた上、堅く猿轡
をかまされていることに気付いた。
(捕まった!?…白銀仮面に、また!)
 全身から血の気の引くような感覚が、由巳子を襲う。
その衝撃で、気絶するまでの記憶がようやく戻ってきた。
(そうだ。旧教室を華子と調べていて…後ろから口を塞
がれたんだ。声を出そうと息を吸い込んだら、薬の臭い
がして、頭がくらくらして、そのまま…)
 幾度も瞬きし、視力が回復してくると、目の前で、蠢
く何かが写った。それは、由巳子と同じ新星女学園高等
部の女子生徒が、縛られ猿轡をされた姿だった。
(華子?)
 思った由巳子だったが、目がさらに暗さに慣れてくる
と、それが自分自身の姿であることに気付く。目の前の
壁一面が、鏡で覆われていたのだ。
(な、なに?)
 体をよじり、周りを見回した由巳は驚愕した。四方の
壁全て、そして床も天井も、全てが鏡で覆われていた。
(これ…いったい何なの?)
 四方に写る自分の姿。手足を縛られているだけではな
く、その手足も縄でつながれている上、上体も縄で締め
上げられていて、ほとんど体を動かすことができない。
 最初に拉致された時は、後ろ手に足首を縛られただけ
だったが、それとは比べ物にならない厳重さだ。
 ふと床に写る自分の顔を見ると、最初の時には口を割
るように噛まされただけだった猿轡が、今度は結び目を
咥えさせる形になって、より声を出しにくくなっていた。
(そういえば…)
 由巳子は、最初の時の白銀仮面の言葉を思い出した。
「井上由巳子君、探偵倶楽部を辞めたまえ。これ以上私
には関わろうとしないことだ。もし従わなければ、次は
…そう、次は、もっと痛く、苦しく、恥ずかしい目に会
うことになる。まずは、今以上に雁字搦めに縛り上げて
あげよう」
 由巳子の顎を掴み、正面から覗き込むように、白銀仮
面は語りかけてきたのだった。
 無論、由巳子はその後も探偵倶楽部の部員を辞めては
いない。それは、逃げ出せば負けだという誇りと意地の
為だったが、白銀仮面はそれを別の意味に取るだろう。
(まずい…早く脱出しなくちゃ!)
 由巳子は懸命にもがき始めた。
 しかし、どう手足を動かし、体をひねっても、縛めか
ら逃れるのは容易ではなかった。何処かが緩めば何処か
が締まって体の動きを拘束し、何分経っても体は自由に
はならない。
 やがて由巳子は疲れ、がっくりと床に全身を預ける。
そこから仰向きに転がると、天井に写る自分の姿が目に
入った。
 体が後ろに反り返り、上下を縄で締め上げられた制服
の胸が、激しく上下している。そんな自分の姿を見ると、
恥ずかしさに顔が熱くなって来た。
 ふと目を閉じ、一息ついてまた開いた由巳子は、息を
呑んだ。いつの間にか、白銀仮面が彼女の背後に立って
いたのだ。


「由巳子!」「井上さん!」「井上先輩!」
 すっかり日の暮れた校舎。堂上美和子と部員達が、友
巳子の捜索を続けていた。
 彼女が消えた旧教室では、隠し扉を見つけられず、捜
索は他の部屋にも広げられている。華子が、他の部員と
共に二階中央の教室に入ったとき、戸棚の中から呻き声
が聞こえてきた。
「む…うう、くっ!」
「…由巳子? 由巳子なの?」
「むうっ!」
「どこ?声を出していて!」
「むぐ…むむう…むぐぐ!」
「…ここね!」
 声の出場所を突き止めた華子が駆け寄って引き戸を開
けると、中から誰かが転がり出てきた。縛り上げられ、
猿轡を噛まされた由巳子だった。
「由巳子!大丈夫?!」
 華子が抱きとめて猿轡を外すと、由巳子はぷはあっと
息を吐き、そのまま荒い呼吸を続けた。
 夕暮れとはいえ蒸し暑い夏の日、戸棚の中で毛藻いて
いた由巳子は、全身がぐっしょりと汗にまみれ、前髪が
額に張り付いている。脇の下も汗で濡れ、ジャンパース
カートも、丸い襟ぐり周りが汗で黒ずんでいた。
「…ありがとう…」
「井上さん!」
 騒ぎを聞いて、他の部員や、着物に袴姿の美和子先生
が駆け込んできた。皆で手分けをして、由巳の汗を拭き、
幾重にも絡みついた縄を解き、助け起こした。
「ここに隠し扉が…」
 部員達が戸棚を覗き込むが、その仕掛けはまったく分
からない。
「調べるのは後回し! この場所を記録しておいて!
井上さんを部室に運ぶわよ!」
 美和子先生の一喝で、部員たちは由巳子に肩を貸して
部屋を出た。
 そのまま、高等部新校舎の部室に入り、由巳子が差し
出された水を飲み、どうにか体調も気持ちも落ち着いた
所で、皆への報告が始まった。
 華子と調査をしていた時、口を塞がれて気を失った事。
気がつくと、四方を鏡に囲まれた部屋で、縛られていた
事。
「そして…縄が解けないでいるうちに、白銀仮面が姿を
現しました」
 由巳子の話に、部員たちは身を乗り出す。
「そいつは、私が探偵倶楽部を辞めなかったことを責め、
そのせいで私はこんな苦しい目に会うのだと、それが嫌
なら、今度こそ倶楽部を辞める様にとまた脅したんです」
「ふざけた事を!」
 華子が眉根に皺を寄せて吐き捨てた。その真っ直ぐな
物言いに、由巳子はふっと話を止め、華子に微笑を向け
た。
「…ええと、それから、白銀仮面は私を担ぎ上げ、細い
通路を通って突き当たりの扉を開き、私を押し込んで扉
を閉じました。その後は…」
「私たちの知っている通り、ということね」
 堂上美和子は肯いて、言葉を続ける。
「他に、白銀仮面から何か言われたり、されたりしなかっ
た?」
「他に、ですか…」
 由巳子は、思い起こすために天井に上げた視線を、部
長の都倉美穂子の顔にちらりと移した。美穂子も、既に
二度拉致されている。しかし、美穂子は、何時もの様に
冷静な表情を変えず、由巳子を見つめていた。
「いえ、基本的にはそれで全部だと思います」
「そう…とにかく、大変だったわね。大きな怪我が無かっ
たのは何よりだけど」
「ありがとうございます」
 美和子は再び厳しい顔に戻る。
「一人二組で行動する事は無駄ではなかったと思うのだ
けれど…残念ながら今回も、拉致されることを未然に防
ぐ事は出来なかったわ。これからも、探偵部で捜査を続
けるべきかしら?」
「もちろんです!」
 由巳子の口から、思わず強い言葉が出た。
「こんな事で逃げ出すのは嫌です。なんとか私たちの手
で正体を暴きたいんです!」
 部長の都倉美穂子が、皆の顔を見回し、その気持ちを
代弁した。
「私たちは皆、同じ意見です」
「…分かりました。今回は、まだ理事長には伝えない事
とします。でも、これからはもっと気をつけて探索しな
ければならないわね。でも今日はみんな疲れたでしょう?
そのことは、明日の朝に話し合いをしましょう。今日は
これで解散して、寮に戻りなさい」
「「はい!」」
 部員たちは立ち上がり、美和子に礼をする。
「「お先に失礼します!」」
 戸締りをする美和子を残し、部員たちは部室を出た。
 寮への道を歩きながら、由巳子は、鏡の部屋での出来
事を思い起こした。
(私…皆に、そして先生に、嘘をついてしまった…)


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