ドリームライター愛(3)


「おい、愛、なんとかしなくちゃ!」
 ティリオが、頭目の後を追っかけて走りながら、必死に声を掛け
てくる。
(なんとかって、何をすればいいのよ?!)
 愛は叫ぶように問い返すが、猿轡に邪魔されて、
「あんおあっえ、あえおむえまええおお!」
 としか聞こえない。ティリオは小さな首を振りながら、
「ああ、何言ってるか分からないよ!」
 と叫ぶ。
「分からないから、後で、何とかしてそれを外すんだ!」
(だから、なんとかって、具体性がゼロじゃない!)
 愛は思ったが、ここで通じない言い合いをしても不毛なのは間違い
ない。
「うう!」
 とうなずくと、
「じゃ、また後でな!」
 ティリオの姿がふっと消えた。

 不思議なもので、腹を立ててたのに、ティリオが見えなくなると、
急に不安が戻ってきた。
 愛が書いたこの物語は、夜明けで終わる。それまでに正しい
ラストを迎えられなければ、主人公が死ななくても、やはり物語は
バッドエンドとなり、ティリオとの契約は終わってしまう。
(なんとか…なんとかしなきゃ!)
 愛は、まず猿轡を外す方法を考え始めた。そんな愛に、頭目が
からかうように声を掛ける。
「おい、急に大人しくなったな」
「あきらめたんでしょうよ」
「そりゃそうだ。これから地獄の一丁目に連れ込まれるんだから
な!」
「恐ろしくて小便ちびってるんじゃねえか!」
 尻馬に乗って失礼な事を言う男たち。愛はそれを無視して目を
閉じ、自分がするべき事を考えるのに集中した。

 彼らは、愛を担いだまま、渡し板を通って船に乗り込んだ。
「おい、船出の準備を急げ!」
「へい!!」
 男たちが散らばり、船を出す準備を始める。頭目は愛を抱えた
まま、船蔵への急な階段を降りて行く。
 夜の街から、船蔵へ。暗いのは同じだが、四方も頭上も囲まれた
船蔵へ連れ込まれていくと、今まで以上の不安が胸を締め付けて
くる。
(だ、大丈夫。頑張れ私!)
 自分を励ます愛の体が、宙に投げ出された。
(え?)
 思った次の瞬間、思い切り床に激突!
(!!!)
 愛は気付いた。本当に痛いときには、猿轡なんか無くても、声な
んか出ないのだ。
 その痛みが薄れる前に、頭目の声が後ろから投げつけられる。
「しばらくそうしてな。ガキが大人の領分に鼻を突っ込むから、こ
んな目に会うんだ」
 むっとした愛は、痛みをこらえて振り向いた。その睨みつける視
線を受けた頭目は、かえっていやらしい笑みを浮かべた。
「おお、そうだ。ガキだと思ってたが、小娘だったんだな。手触り
で分かったぜ」
 そう言い捨てて、階段を上っていった。
(!…こ、このセクハラ男!)
 愛の顔がかあっと熱くなる。
 自分で作ったキャラながら、こんなにいやらしい奴とは思わな
かった。いや、実際にはあまり設定も考えていなかった気がする。
ただ主人公にやっつけられるために、適当に考えた男だった。
(これって、自分のお話に仕返しされてるって事?)
 そう思うと、なにやら複雑な気分になってくる愛だった。

 床が揺れている。それに、潮の染みこんだ木の匂い。ここが本当
に船の中なんだと言うことを、愛は改めて実感した。
「愛、大丈夫か?」
 目の前に、ティリオがぽんと現れた。
「う、うう」
 愛は猿轡の下で返事を返す。
「ちっくしょう!こんなひどい事になるなんて!」
 ティリオは悔しそうに首を振った。
「これは愛のドジじゃない。愛は確かにドジだけどそのせいじゃ
ない!」
(ドジで悪かったわね!)
愛は睨みつけるが、ティリオは気付かない様子で言葉を続ける。
「きっと、邪魔をしている奴がいる筈だ!」
(え?邪魔?それって、登場人物の他にっていう事?)
 愛は目を瞬かせた。その視線での問いに、ティリオは答える。

「愛、物語の世界は、俺たちのイマジンランドだけじゃないんだ。
悪夢の世界『ナイトメアワールド』も、人間の世界に使者を送り
込んでいるんだ!」
(え?) 
「そいつがどこで邪魔をしたか、言い当ててやれば、俺も同じ回数、
この世界に干渉できるんだ!」
(えっと…そんな事、急に言われても…)
 愛は戸惑う。夢の世界だけでも結構ぶっ飛んだ話だと思っていた
が、他にも物語の世界があるなんて…。

「きっと奴は、近くで様子を伺っている筈だ。チクショウ、どこに
いる!」
 ティリオが周りを見回す。すると、
「呼んだか」
 船蔵の隅から、低い声がした。
(え?)
 愛とティリオが目をやった先にいたのは…黒い蛇だった。
「むぐっ!」
 愛は思わずうめき声をもらした。目の前で蛇を見ても平気な女の
子は少ないだろう。愛もその例外ではなかった。しかも今は、
逃げることも、身を守ることも出来ない状況なのだ。
 救いだったのは、それが大蛇ではなく、せいぜい50センチくらい
の小さな蛇だったことだ。
 この蛇は背中に…といっても、蛇の背中はかなり長いが、頭に
近い方の背中に、コウモリの羽根が生えている。その蛇が、再び
口を開いた。

「俺の名はグリー。そいつの言うとおり、悪夢の国からやってきた
邪妖精さ」
 ティリオとは違い、ちょっと斜に構えたような、まあ渋いと
言ってもいい声だった。
「まあそう怖がるな。別にとって食ったりはしねえからよ」
「誰がお前なんて怖がるもんか!」
 ティリオの声が、背中の方から聞こえてきた。愛が首をひねって
みると、彼は今の言葉とは裏腹に、愛の背中にしがみつき、頭だけ
出して言い返しているのだった。それが、愛の視線に気付き、
ちょっと恥ずかしそうに顔を背ける。そのしぐさにふっと笑いが
こみ上げ、少し気が楽になった。

 そのティリオが、再びこちらに顔を向ける。
「愛、口のそれ、外せるか?」
「うう」
 愛はうなずいて、堅く噛まされた猿轡を外そうとし始めた。首を
ひねったり、まわしたり、上を向いたり。
 その間に、ティリオはグリーに向かって怒鳴った。
「おい、これ以上邪魔するなよ!」
「もちろん邪魔するさ。それが俺の仕事だからな」
 蛇はちらちらと舌を出した。
「だが、ここでは何にもしねえよ。そいつが頑張らねえと話が進ま
ねえからな」
「…愛を甘く見るなよ。後悔するぞ」
「お前、邪魔して欲しいのか、欲しくないのか、どっちなんだ?」
「…ええと…どっちだろ?」

 そんなコントを続けている間に、愛の努力が報われていた。口を
塞いでいた布をずり下ろし、押し込まれたボロ切れも吐き出す
ことに成功したのだった。
「ぷはあっ!」
「愛、大丈夫か?」
「うん」
 気遣うティリオにうなずいて見せて、
「グリー」
「おお、ご苦労さん」
「有難う。…じゃなくて、私が港で、奴らに取り囲まれて戦った時、
足元に空き瓶を転がしたわね?!」
 愛が問い詰めると、グリーの口元がにやっと歪んだ。
「…あたり」
 その言葉と同時に、どこか遠くで、雷の音がした。それは、愛の
指摘が正しかったことを示すものらしく、
「ま、あれはあからさまだったしな」
 グリーは小さく首を振った。

「ともあれ、正解は正解だ。そのネズミ野郎に、一つ手伝って
もらうんだな。口に出して言ってみな」
「やった!」
 ティリオが小躍りするのと同時に、愛の声が響いた。
「まだよ!」
「へ?」
 ティリオが目を丸くする。
「まだここで使うのは早いと思うの。きっと、もっと大事な場所が
あるはずだから」
「…そ、そうかな。でも縄を解かないと…」
「そっちは、一応用意があるから。それに…」
「おっと」
 グリーが割り込んできた。
「ゆっくり話している時間は無いようだぜ」
「え?」
「ま、俺もそいつも、近くには居るからな。奴らが居たって声を
掛けてくれ。じゃあな」
 グリーの姿が闇の中に解けるように消えていくと同時に、昇降口
から男たちの話し声と足音が降りてきた。

 
 

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