ドリームライター愛(5)


 背中で平行に重ね合わされて縛られた両手。その手首を巻いた
縄は、体をぐるぐる巻きにした縄と結ばれているらしく、手が
ほとんど下がらないのだった。
 愛がどう頑張っても、指先がベルトにちょっと掛かるぐらいに
しか届かない。 自力で脱出するのは、あきらめるしかないよう
だった。

(えっと…しょうがない)
 ここは、ティリオの力を借りるしかない。そのためには、猿轡を
外さないと…と思ったが、それができそうもないのだ。
 こうなったら、そのままで何とかティリオに意思を伝えなければ
ならない。
「うぐう!うぐう!(ティリオ!ティリオ!)」
 猿轡のまま、必死に声を上げる愛。すると、聞きたかった声が
足元から聞こえてきた。
「愛、大丈夫か?」
「う、うう」
 足元から翼を羽ばたかせて顔の近くまで浮かび上がったティリオ。
愛はうなずいて安心させた後、
「はがお、ほほいへ!(縄を解いて!)」
「…なに?」
「うう…はがお、ほほいへ!」
「ええと…」
 ティリオは、ポンと手を叩いた。
「…わかった!縄を解くぞ!」
「う、うう!」
 愛がうなずくと、
「おいおい」
 グリーが船蔵の隅に再び姿を現した。

「今の、俺にはもごもごとしか聞こえてなかったぜ」
(そ、それを言われると…)
 彼からの、意外とまともな突っ込みに愛は焦ったが、ティリオは
引き下がらなかった。
「うるさいな! 俺と愛とは、心がつながってるんだ。だから
通じるんだよ!」
「ふん」
 グリーは、鼻で笑ったが、それ以上強く反対しなかった。
「ま、いいけどな」
「よしきた!」
 ティリオが小さな右前足で宙に輪を描きながら呪文を唱えると
(それは、せっかちなくらいの早口とキイキイ声だった)、愛の
体を締め上げた縄が、するすると緩み始めた。
(気をつけないと…わっ!)
 思った途端、体が一気に滑り落ちた。
(音を立てちゃ駄目!)
 愛はその事だけに集中しながら、床に落ちた。幸い、足の縄も
緩んでいたので、なんとかバランスを崩さず、床にしゃがみこむ
事に成功した。

(…セ、セーフ…)
 なんとか大きな音は立てずにすみ、愛は全身に張り詰めた力を
抜いた。
 体にゆるく巻きついた縄を外し、猿轡をほどき(魔法の不便な
所か、縄と一緒に緩めてはくれなかった)、押し込まれていた
布を吐き出す。
 それに付いた汚れを見て、これが一度床に落ちたことを思い
出した彼女は、床にぺっ、ぺっとした。
「おい、汚いな…」
「う…放っといてよ」
 抗議するティリオに、愛は横を向いてつぶやいた。

「ともかく、奴らを…いたたた!」
 少し体を動かすと、全身に痛みが走った。鞭で打たれた所だけ
ではなく、不自然な形で固定されたあらゆる関節がぎしぎしと
痛むのだった。
「愛、大丈夫か?」
「うん。でも、痛かった…」
「まったく、ひどい目に会ったな…これからどうするんだ?」
「もちろん、今度こそ奴らをやっつけてやるのよ!…えっと、
剣はどこかな?」
 愛は辺りを見回すが、取り上げられた剣は見当たらなかった。
「やっぱり、あっちかな…」
 階段をそっと上り、周りの様子を伺う。

 潮風と一緒に、濃い霧が頭上を流れ、帆柱の向こうの夜空に
星は全く見えない。
 幸い、盗賊すなわち船員たちは、船の外側、海の方を懸命に
見張っている。
(あった!)
 彼女の剣は、真ん中の帆柱に立てかけてあった。
(なんとか、こっそり取れないかな…)
 と思ったが、近くには頭目が立っていて、とても気付かれず
には済みそうも無い。
 しばらく待ってみたが、頭目は左右に目を配りながら歩き
回るものの、帆柱から遠く離れてはくれない。
「どうする?」
 肩に乗ったティリオが顔を覗き込む。
「うーん…このままじゃ時間切れになっちゃう…」
 愛は少し考え込んだが、
「結局やるしかないよね。よーし、いくぞぉ!」
 小さな声で自分を励まして、愛は昇降口から飛び出した。

 甲板に出た愛は、身を屈め、足音を殺して帆柱へと走った。
 しかし、いくら静かに歩いても、剣士の出で立ちのブーツは
足音を消しきれない。背中を向けていた頭目が振り向き始めた。
(間に合え!間に合え!)
 ほんの数歩。だけどとてもとても長い数歩!
「ん?」  頭目が振り向いて、目が合った瞬間、愛は頭から飛び込んで
剣を掴んだ。
(やった!)
 そのまま一回転して、鞘から剣を抜き払って立つ。
「お、お前、どうやって…」
 頭目の声で、盗賊たちも振り向いて愛に気付いた。
「このガキ!」
「信じられねえ…」
 目を剥きながらも、棍棒やナイフを手に取り囲み、一斉に
切りかかって来る!…と思われた時、
「待て!」
 頭目の声が響いた。

(え?)
 愛も手下も驚きで動きが止まる。それに追い討ちをかける
ように、
「お前らは見張りを続けろ!」
 周りを見回しながら言い放った。
「で、でもよお…」「こいつ、やばいですぜ」
 手下たちが口々に不服を言うのに対し、頭目は雷のような
声で怒鳴った。
「心配するな!それよりしっかり見張ってろ!座礁したら
一巻の終わりだぞ!」
「へ、へい…」
 手下たちは、しぶしぶと言う感じで見張りに戻っていく。

(…どういうつもり?)
 再び全員を相手にしての戦いを覚悟していた愛は、拍子抜け
した気分と警戒心を同時に感じていた。
 それに対して頭目は、ふっと表情を緩めて、ざっくばらんな
調子で声を掛けてきた。
「お前さん、思ったよりやるじゃねえか」
「…どうも」
 小さく頭を下げた愛。一応誉められたようなので、つい礼を
言ってしまった。
(あ、こういうときは、皮肉っぽく『そりゃどうも』とか言う
ものかな?)
 そんな事を考えていた愛に、頭目は問いかけてきた。
「で、これからどうする?」


 
 

(6)へ

DW愛トップに戻る