ドリームライター愛(6)


「どうするって?決まってるじゃない!あなた達を倒して、警備
隊に突き出すのよ!」
 声に力を込めて、強く言い放った…つもりだったが、頭目は
落ち着いていた。
「なるほどね。確かにお前はしぶといし、やたらと腕が立つ
からな。俺達を倒せるかもしれん。だがどうやって俺達を突き
出すんだ?」
「え?」
 その問いに愛は意表を突かれた。
「お前一人で船を動かすのかってことよ?」
「そ、それは…」
 ちょっとまずい、と、愛は思った。しかし、ここで引き下がる
訳にはいかない。あえて胸を張って言い切った。
「つまらない意地張っていると、痛い目に会うわよ」
 しかし頭目は、まったく動じる気配が無かった。
「俺たちゃ、痛い目なんて日常茶飯事でな。まあ、指一本ずつ、
逆向きにへし折るとか、爪を剥がすとかされたら、言うことを聞く
かもしれんがな。やってみるか?」
「う…」
 愛は言葉に詰まった。そんな事、考えただけで顔から血の気が
引くのが自分で分かる。とても実行なんて出来そうにない。
 彼女が黙っていると、頭目が畳み掛けてきた。
「まあ、こっちもこれ以上痛い目に会うのは避けてえし、穏やかに
すませてえ。大人しくしてるなら、次の港で下ろしてやるよ」
(ええと…どうしよう)
 愛は考え込んで、小声でティリオに語りかけた。
(ねえティリオ、これってハッピーエンドに…)
「なる訳無いだろ!」
 ティリオの声は他の人には聞こえないので、遠慮ない大声だ。
(そうだよね…)

「何をごちゃごちゃと独り言を言ってるんだ」
「作戦会議!」
 やけになった愛の言葉に、頭目は初めて気味悪そうな顔をした。
「なに?」
「いいからちょっと待ってて!」
 頭目は小さく祈りを捧げて十字を切った。確かに、傍から見れば
怪しい人だろうが仕方ない。
 考えが行き詰った愛はささやいた。
(これ、あなたの仕業ね、グリー)
「これって何処の事だ?具体的に指摘しなきゃ駄目だぜ」
 もっともな返しに、愛は答えに詰まった。グリーはさらに畳み
掛ける。
「もともとこいつらは船乗りだ。みんな訳ありで借金を背負ったり
して、盗賊にも手を出したって訳だ。本業だから、海の上では
こっちのもの。どうせ一人では船は動かせない。こいつらはその
事を良く分かってるのさ」
(うーん…)
「悪役だって、色々考えてるのさ。こうなった原因は、広い意味
では、お前さんの適当なお話作りにある、と言ってよいだろうよ」
(で、でも、あなたが何かを仕込んだのは確かでしょ?)
「まあな。だから何を?なんて間抜けなことを聞くなよ」
(うるさいわね。分かってるって!)
 小声で言い返し、愛は考えることに集中した。

(グリーは、一体何を…)
 捕まるときに、足元にビンを転がしたのが一つ。その後となると
…猿轡を外したら、奴らが降りてきて…ここかな?でも、早く
降りてくるためにグリーが何かをした、というのは思いつかない。
 その後は、鞭で打たれて、霧で奴らが出て行ってくれて助かって、
ティリオに縄をほどいてもらって、剣を取り返して…どこに妨害が
あったんだろう?

 考えているうちに、周りが少しづつ明るくなってきているのに
気付く。
(まずいな…)
 地平線の向こうから空を染め始めた光は、霧の中でぼんやりと
しか見えないが、それでももう少しで日が昇り始めるだろうことは
分かる。
(いくら霧が濃くたって、夜明けを遅くしてはくれないよね…
…そうだ!)
 愛の頭の中で、何かが光った。

(私、今まで、自分にとって悪い出来事ばかり、探してた)
 彼らが、急いで出向しようとした理由。一応考えていたけど、
書かなかった。
 でも、グリーが言っていた通り、自分が書いたこと以外にも、
物事はちゃんと決まっているし、動いているんだ。
 自分が書いた話では、船が出港する前に彼らを捕まえるはず
だったから、あまり考えていなかったけど、彼らが出航すれば、
きっとあれとぶつかっていた筈だ。
 となれば、グリーのやった事、いや、今もやっていることは、
これだ。これしかない。

「わかった!」
 愛は叫んだ。頭目はそれを、承諾したのだと思い込んで、
表情を緩めた。
「おう、分かってくれたか。じゃあ、しばらく船蔵に下りてて
くれねえか」
「違う!降伏するんじゃないわ」
「なんだと?」
 頭目は眉に皺を寄せる。船べりで見張っていた盗賊すなわち
船員たちが、不穏な雰囲気でこちらに向き直る。それが視界の
端に映るが、愛は剣を抜かなかった。
「だからって、戦うわけでもないよ」
「…じゃあなんだ」
 愛は唇を引き締める。
「あなたたちは、闇の力に助けられ、取り込まれようとして
いるの」
 頭目の目が、哀れみを浮かべた。
「悪いが、今更お子様の説教で改心するほどお気楽な暮らしは
してないぜ」
「分かってる」
 愛は、頭目の視線を正面から受け止めた。今が、勝負の時だ。
「でも、神様が居て、皆のことも気にかけているんだってこと、
この目で見てもらいたいの」
「ほう、そいつはすごい。どうやってだ?」
 愛は、右手で天を指した。
「こうやってよ!」


 
 

(FIN)へ

DW愛トップに戻る