新星女学園・探偵倶楽部(1)

 斜めに差し込む夕暮れの日差しが、新星女学園の中を
も真紅に染めていた。
 この学園では、普段ほぼ全ての女生徒が全寮生活を送っ
ており、夕刻でもどの校舎にも人の行き来が絶える事は
無いのだが、夏季休暇に入った今、多くの生徒が里帰り
して、人影は少なくなっている。
 そんな中、旧校舎の一つで、紺色のジャンパースカー
トを着た生徒達が、探索を行っていた。
 彼女たちは、高等部の生徒達が作った探偵倶楽部の部
員達であった。数人しかいない探偵部員たちではあるが、
二人一組となって、探索を行っていた。
 探しているのは、隠し扉。最近出没する怪人・白銀仮
面の出入り口である。


 それは、世界大戦が終了してから数年経った時代。
 帝都・東京市の外れに存在する、女子学園・新星女学
院。小等部から大学部までを擁する巨大学園が夏季休暇
に入った頃、怪人・白銀仮面が現れた。
 その名の通り、顔から後頭部までを覆う白銀色のマス
クと、漆黒なビロードのマントをまとった長身の男。
 それは、十年程前にも現れたという怪人の伝説と一致
していた。
 しかし、姿を現して生徒を脅かす怪人の目撃と噂だけ
で、自主独立の気風を誇る学園に、警察の介入を要請す
る事は望ましくない。
 そこで、全学院の中で唯一の存在、高等部の探偵倶楽
部が、白銀仮面の正体を突き止めることとなった。
 無論、顧問の古典教師・堂上美和子の指導と監督の下、
安全を最優先に調査を行い、危険が生徒達の身に及ぶよ
うになれば、即刻、警察に依頼するという前提である。

 しかし、実際に捜査を始めると、危惧は忽ち現実のも
のとなった。白銀仮面は、捜査している探偵部員の誰か
が一瞬でも一人きりになると現れ、捕えて連れ去ってし
まったのだ。
 仲間達が捜索すると、開いている教室のどこか、戸棚
の中や掃除用具置き場の中から、縛り上げられ、猿轡を
咬まされたその部員が発見される。
 そんな事が続き、美和子は捜索を警察に任せる事を提
案する。しかし、探偵部員たちは挙ってそれに反対した。
辱めを受けて、そのまま引き下がるのは学園の教えにも
背くもの。きっと皆で力を合わせて、夏の終わりまでに
怪人を捕らえると誓う部員達に、美和子は折れた。
 命に関わるような危険、体を傷つけられる危険が起こ
るまで、警察への連絡も、学園長への報告も行わないと
いう約束をしたのだ。
 教師の地位を賭けた美和子の約束に、部員たちの士気
は上がった。彼女たちは、朝から隠し通路の捜索や、今
までの出現場所などの分析に、それまで以上の情熱を以っ
て取り組み始めた。


 この日、探偵部員である二年生の井上由巳子(ゆみこ)
と高山華子(かこ)は、今は物置代わりに使われている
元教室に足を踏み入れた。
 美しい長髪を首の後ろでまとめている由巳子と、癖っ
毛を短めにした長身で細身の華子。
 換気されていなかった部屋は、夏の蒸し暑い空気に、
誇りとかび臭さが混じって、二人の鼻腔をつんと刺激し
た。
 部屋の大半は、積み上げられた机と椅子の山で埋めら
れている。由巳子は、辺りを見回しながら、首を振った。
「白銀仮面だって、こんな所から出てこれないんじゃな
い?」
「本当だね。無理に出てきたら崩れて下敷きになっちゃ
うよね」
 二人は笑いあう。しかしながら、やはり調べて、出入
り口が無いことを確認しなければならない。探偵倶楽部
の部員たちはそうやって、学園の下に存在するらしき黄
金仮面の地下通路を描き出そうとしているのだった。
 華子はしゃがみこみ、戸棚の引き戸を開いて中を覗き
始めた。由巳子は椅子の山の中に分け入り、床に隙間が
無いかを調べる。

 調べながらも、二人は言葉を交わし続けた。それは、
二人が共に一度づつ白銀仮面に拉致されていたからだ。
正確には、探偵部員は全てその経験がある。皆、一人に
なったときに白銀仮面が現れ、捕らえられたのだ。
 口を塞がれてそのまま隠し通路に引き込まれる場合も
あるし、麻酔薬を嗅がされて気絶されられる時もある。
当身をされたもの、背中に拳銃を突きつけられ、自らの
足で地下通路に進まされた者もいる。
 そして拉致された女学生は、地下室に監禁され、縄や
鎖で拘束され、猿轡をされていた間、探偵クラブを辞め
ろと脅されていたのだ。
 由巳子と華子も、それぞれ拉致されて脅された事があ
り、それを無視して探偵部員を続けていた。当然、二度
目の拉致をされないよう、言葉を交わし続ける事を意識
していたのだった。

 二人はしばらく捜索を続けたが、今までも事前に見つ
けられたことのない隠し扉が、そうそう見つかる筈も無
かった。
 由巳子は、立ち上がって背伸びをした。そうすると、
制服の下で抑えきれない、少女というより女性らしい、
胸から腰を通り尻に掛けての、柔らかいラインが目を引
く。
 ふと後ろに人の気配を感じ、華子が来たのだと思った。
なぜなら、ほかに誰も扉を開いたり、出入りするような
物音は聞こえなかったのだから。
「ま、ここには…」
 言いながら振り向こうとした時、大きな掌がその口を
塞いだ。


「ま、ここには…」
 由巳子が何かを言いかけて止めたのを、華子は戸棚を
調べながら聞いていた。すぐに言葉が続くと思ったら、
それきり何も聞こえてこなかったので、
「ここには、何?」
 返事はなかった。
 華子ははっとして立ち上がり、由巳が入っていった椅
子と机の山の隙間に飛び込んだ。しかしそこはすぐに壁
に突き当たり、誰の姿も無い。
「由巳子!どこ?」
 華子の叫び声が部屋に響き渡ったる。しかし、それに
答える由巳子の声はおろか、物音一つ聞こえてはこない。
気丈な性格の華子も、背筋を這い登る恐慌に襲われ、逃
げ出したくなるのをこらえて叫んだ。
「先生! 美和子先生!」


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